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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)47号 判決 1975年12月25日

控訴人 太洋観光株式会社

右代表者代表取締役 赤羽正富

右訴訟代理人弁護士 松村弥四郎

被控訴人 大原知道

主文

一、原判決を取消す。

二、被控訴人は、控訴人に対し金四拾九万四千参百円及びこれに対する昭和四拾六年九月壱日から完済に至る迄の年五分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四、この判決は仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は主文第一項乃至第三項と同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

≪証拠関係省略≫

理由

一、訴外吉田洋子が昭和四五年一〇月二九日控訴会社の経営にかかる東京都中央区銀座八丁目五番一三号所在クラブロリータのホステスとして雇われ、控訴会社との間で、クラブロリータにおける右洋子の指名客の飲食代金等の支払に関しては洋子が控訴会社に対し一切の責任を持ち、かつ同店を退職した際には五日以内にこれを支払う旨の契約(本件契約)を締結し、その際被控訴人が控訴会社に対し右洋子の本件契約に基づく債務につき連帯保証をしたことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、右吉田洋子は昭和四五年一〇月二九日以降昭和四六年八月初旬頃までクラブロリータに勤務し、その頃退職したが、右洋子の指名客の飲食代金未払残額は、洋子の退職後における一部の入金及び控訴会社において洋子の預り金と差引計算した結果、現在原判決の別紙飲食代金目録記載のとおり金四九万四三〇〇円であることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、被控訴人は右洋子の連帯保証人として、控訴会社に対し、本件契約に基づく洋子の控訴会社に対する前記飲食代金未払残額金四九万四三〇〇円及びこれに対する洋子が退職した日から五日を経過した日の後であることが明らかな昭和四六年九月一日以降完済に至る迄の民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

二、そこで、被控訴人の消滅時効の抗弁について検討する。被控訴人は、吉田洋子の控訴会社に対する本件飲食代金債務は民法第一七四条の規定により一年の消滅時効にかかるものであるから、右洋子がクラブロリータを退職した昭和四六年八月以降一年の経過により右債務は時効により消滅したので、被控訴人は洋子の連帯保証人として右消滅時効を援用する、と主張する。被控訴人の右主張は必ずしも明確ではないが、控訴会社と洋子との間の本件契約をもって、洋子がその指名客の飲食代金債務につき控訴会社に対し保証または連帯保証をしたものであるとの見解に立つものと思われる。そこで、本件契約において洋子が控訴会社に対し、指名客の飲食代金等の支払に関しては一切の責任を持つ旨を約した趣旨について検討する必要がある。

≪証拠省略≫によれば、およそ次のとおり認めることができる。控訴会社の経営するクラブロリータでは、その大部分の客がなじみのホステスを指名してその接待を求めるいわゆる指名客であるところ、このような指名客に関しては、店の責任者においてその客の身元や支払能力などを確認することができなくとも、担当のホステスの申出があるときは、そのホステスに対する信用のもとに本来即時に支払われるべき性質の飲食代金の支払を猶予し、いわゆる掛売りを認めているが、このような場合担当のホステス以外の者が右飲食代金の取立をすることが事実上不可能であるので、控訴会社ではホステスごとにその指名客の飲食代金額及び入金額を記載した帳簿を備えておくとともに、ホステスとの間で、指名客の飲食代金に関しては担当のホステスがその責任において取立及び入金を行うべきことを約し、他面においてホステスに対し通常の給料のほか指名客の飲食代金の入金額に応じたサービス料を支払うことを保障しているのであって、これによりホステスの収入の増加と不良売掛代金債権発生の防止がはかられているものということができる。このような業者とホステスとの契約は、単に控訴会社だけではなく、同種の営業を行うキャバレー、ナイトクラブなどで一般にみられるところであり、洋子が本件契約を締結した際作成した入店誓約書において、指名客の飲食代金等の支払に関しては洋子が一切の責任を持つ旨を明記したことは、右の意味において、指名客の飲食代金の取立及び入金の義務を承認したことにほかならない。およそ以上のとおり認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

而して、民法第一七四条第四号に規定する飲食料債権は、業者と一般消費客との間に日常頻繁に生ずる比較的少額の債権であって、通常即時に支払がなされ、後日右債権の成立及び弁済の事実を証明することが困難な性質のものであることにかんがみ、特に一年という短期の消滅時効が規定されたものと解されるところ、前記の業者とホステスとの関係及び前記入店誓約書の文言をあわせ考えれば、本件契約の趣旨は、洋子が右のごとき短期消滅時効にかかる指名客の飲食代金債務につき、これに附従すべき性質を有する保証債務または連帯保証債務を負担したものと解するのは相当ではなく、指名客の飲食代金債務とは別個に、洋子においてその指名客の飲食代金を取立て、これを控訴会社に入金すべき独立の債務を負担したものと解するのが相当である。してみれば、指名客の飲食代金債務が民法第一七四条の規定により一年の短期消滅時効にかかるものであるとしても、洋子の本件契約に基づく債務はこれと性質を異にするものであり、同法第一六七条第一項の規定により一〇年の消滅時効にかかるものと解すべきである。従って、本件契約に基づく洋子の債務が一年の消滅時効にかかるとの前提のもとに、洋子の保証人として時効の利益を援用する旨の被控訴人の抗弁は失当たるを免れない。

三、以上の次第で、控訴会社の本訴請求はこれを認容すべきものであり、これと趣旨を異にする原判決は不当であるから、民事訴訟法第三八六条の規定により原判決を取消し、控訴会社の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条及び第八九条の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条の規定を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 輪湖公寛 後藤文彦)

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